2026年7月1日から、職業安全衛生法に新設されたパワーハラスメント防止に関する法律が正式に施行されました。これにより、パワーハラスメント防止は、これまでの企業における「コンプライアンス上の取組み」から、「法令上の義務」へと位置付けられることになります。人事担当者にとっては、今回の法改正は、単に罰則が新設されたというだけではなく、社内教育や人事・労務管理体制の見直しが求められる大きな転換点となります。
新法に対応するためには、企業としてどのような体制を整備すべきでしょうか。また、最高責任者によるハラスメントが発生した場合には、どのように対応すべきでしょうか。本記事では、今回のパワーハラスメント防止における新法について、人事担当者が優先的に理解するべき10のポイントをご紹介します。
1.パワーハラスメントの定義の理解
今回新設された職業安全衛生法第22条の1において、「パワーハラスメント」は以下の5つの要件をすべて満たす場合と定義されています。
1. 業務を遂行するための労働場所において発生したものであること
2. 職務上の地位や権限等を利用して行われたものであること
3. 業務上必要かつ合理的な範囲を逸脱していること
4. 継続性が認められること
5. 当該行為により、労働者の心身の健康が害されていること
※ただし、事案が重大である場合は、継続性は必須要件とはされません。
2.従業員数に応じて求められる法的義務の差
企業に求められる対応は、雇用している従業員数によって異なります。したがって、自社の規模に応じて、必要となる制度整備や対応事項を事前に確認しておくことが重要です。

3.相談窓口、防止措置および懲戒規程の周知・掲示
法令により、相談窓口の設置、パワーハラスメント防止措置、相談窓口・調査・懲戒に関する規程の整備が義務付けられている企業は、それらを整備するだけでなく、従業員がいつでも確認できるよう、職場の見やすい場所に掲示または公開することが求められます。
4.ハラスメント事案を把握した場合の対応
職業安全衛生法第22条の2では、パワーハラスメント事案を把握するケースを、被害を受けた従業員から正式な申立てを受けた場合と正式な申立て以外の方法で事案を把握した場合の2つに分類しています。使用者は、どのような経路で事案を把握した場合であっても、適切な保護措置を講じる義務があり、正式な申立てがなかったことを理由に、対応を行わないことは認められません。
5.相談対応部門・調査委員会・再審査委員会の違い
・相談対応部門
従業員30人以上の企業は、パワーハラスメントに関する事案を担当する専任の相談対応部門を設置する義務があります。
・調査委員会
従業員100人以上の企業では、パワーハラスメントの申立てを受理した日から15日以内に調査委員会を設置し、事案の調査を行わなければなりません。
・再審査委員会
当事者が調査結果に不服を申し立てた場合には、再審査委員会を設置し、再審査会議を開催した上で、調査をやり直す必要があるかどうかを判断します。
6.調査委員会・再審査委員会における外部専門家の選任義務
・調査委員会
委員の2分の1以上を外部専門家とする必要があります。
・再審査委員会
従業員30人以上100人未満の企業:少なくとも1人以上の外部専門家を選任する必要があります。
従業員100人以上の企業:委員の3分の2以上を外部専門家とする必要があります。
7.調査委員会・再審査委員会における男女比
・調査委員会
いずれか一方の性別の割合が3分の1未満となってはいけません。
・再審査委員会
従業員30人以上の企業:いずれか一方の性別の割合が3分の1未満とならないよう構成する必要があります。
8.最高責任者によるハラスメントへの対応
ハラスメントの加害者が企業の最高責任者である場合、被害者は社内手続きを経ることなく、直接、主管機関へ申立てを行うことができます。また、申立期間については、ハラスメント行為終了日から3年以内、あるいは、退職した場合については、退職日から1年以内であれば申立てを行うことができます。なお、これらの期間がいずれも適用される場合は、被害者にとってより有利となる長い期間が適用されます。
9.「職場」および「業務遂行中」の範囲
職場におけるハラスメントの成立要件の一つとして、「労働場所で業務遂行中に発生した行為」であることが定められています。しかし、この「職場」や「業務遂行中」の範囲は、会社内での勤務時間中だけに限定されるものではなく、例えば、勤務時間外のチャットやメールでのやり取り、業務での出張先、その他会社外での業務遂行中に発生した不適切な行為についても、状況によってはパワーハラスメントに該当する可能性があります。
10.パワーハラスメント防止に関する教育研修
「パワーハラスメント防止措置準則」では、従業員30人以上の企業や従業員100人以上の企業に設置される調査委員会に対して、ハラスメント防止に関する教育の実施が義務付けられています。しかしながら、企業規模にかかわらず、すべての企業がパワーハラスメント防止に関する研修を実施することをお勧めします。従業員一人ひとりの理解を深めることで、ハラスメントの未然防止につながり、「問題が起きてから対応する」のではなく、「問題を起こさない職場づくり」を実現することができるのです。
おわりに、今回の法改正は、単に使用者へ新たな義務を課すことだけが目的ではありません。制度の整備や教育研修を通じて、法令遵守にとどまらず、「誰もが安心して働ける職場環境づくり」を実現することこそが、本改正の最も重要な目的です。企業としては、信頼される組織づくりと健全な職場文化の醸成に向け、制度整備と運用の両面から継続的に取り組んでいくことが求められます。