日系企業への労務コンサルティングの場で、管理者から次のような質問を受けることがあります。
「採用後のリスクを考慮して、応募者の家族状況を聞いたり、無犯罪証明書の提出を求めたりするのは、法律上可能ですか?」
これは多くの経営者や人事担当者が抱く率直な疑問でもあります。企業が採用後のリスクを低減するために、応募者についてより多くの情報を得たいと考えるのは自然なことです。しかし、労働者の権利意識の高まりや法令改正に伴い、雇用者の「知る権利」は無制限ではありません。
「管理権」と「個人のプライバシー」をどのように両立させるかは、企業にとって重要なコンプライアンス課題の一つとなっています。
一、法的なボーダーラインはどこにあるのか
台湾の就業服務法第5条第2項第2款では、雇用者が従業員を募集または雇用する際に、
「求職者または従業員の意思に反して身分証明書、就業証明書その他の証明書類を留置してはならず、また就業に必要でない個人情報の提供を求めてはならない」と規定しています。
これに違反した場合、企業は6万台湾ドル以上30万台湾ドル以下の罰金を科される可能性があります。
特に、人事担当として経験の浅い方や、日本とは異なる法制度に慣れていない日本人管理職にとって重要なのは、「個人情報」とは何か、また「就業上必要」と判断される基準を理解することです。
個人情報の範囲
就業服務法施行細則第1条の1によると、個人情報は主に以下の3種類に分類されます。
・生理情報
遺伝子検査 HIV検査 指紋 知能検査 など
・心理情報
心理テスト ポリグラフ(嘘発見器)検査 など
・個人生活情報
信用情報 犯罪歴(無犯罪証明書) 妊娠・出産計画 身元調査 など
「就業上必要」とは何か
これは法令上もっとも判断が難しい概念の一つです。
実務上、主管機関や裁判所は「正当かつ合理的な関連性」の有無によって判断します。
つまり、
・その情報は担当業務と直接関係があるか
・情報がなければ業務遂行が困難になるか
・重大なリスクが発生する可能性があるか
という観点から検討されます。
二、よくある争点と実務事例
無犯罪証明書・信用情報
多くの企業では、新入社員全員に対して一律に無犯罪証明書の提出を求める慣行があります。
× 不適切な事例
一般事務職やマーケティング職の採用において、無犯罪証明書や信用情報の提出を求めるケースです。労働部の訴願決定書(労動法訴字第1100013596号)では、職務との間に特別な関連性を証明できない場合、違法であると判断されています。
◎ 適切な事例
以下のような職種では正当性が認められる可能性があります。
警備員、金融機関の出納担当、多額の現金を扱う業務、警備業法などで法的に要求される職種→これらは財産保全上のリスクが高いためです。
妊娠・出産の予定
面接で「近いうちに結婚や出産の予定はありますか」と尋ねることは避けるべきです。
このような情報は就業服務法で保護される情報であるだけでなく、性別平等工作法上の妊娠差別にも該当する可能性があります。女性の出産の自由は憲法上保障された権利であり、企業は人件費や管理上の都合を理由に採用判断の材料としてはなりません。
学歴・職歴
学歴や職歴については、通常「就業上必要な情報」とみなされます。雇用者には応募者の専門能力や経歴の真実性を確認する権利があります。また、従業員が虚偽の学歴・職歴を申告していた場合には、労働基準法第12条に基づき、予告なしで雇用契約を解除できる可能性があります。
三、企業へのコンプライアンス・管理上へのアドバイス
採用および従業員管理を行う際には次の原則を推奨します。
1. 職務関連性評価リストを作成する
すべての職種に同じ応募用紙を使用するべきではありません。
職種ごとに収集する個人情報の範囲を設定し、信用情報などのセンシティブな情報が必要な場合には、その職務との具体的な関連性を文書化しておくことが重要です。
2. 面接時の適切なコミュニケーションを身につける
法律は差別的な取り扱いを禁止していますが、自然な会話そのものを禁止しているわけではありません。リラックスした雰囲気を作り、応募者が自発的に話しやすい環境を整えることが重要です。
一方で、応募者が特定の質問に対して不快感や警戒感を示した場合は、直ちに追及をやめるべきです。「答えなければ採用しない」といった圧力をかけることは避けなければなりません。
3. 比例原則を守る
正当な目的がある場合でも、個人の権利を侵害する程度は最小限でなければなりません。
例えば資格の有無を確認するだけであれば、資格証明書の原本確認で十分であり、成績証明書の提出まで求める必要はありません。
4. 不採用通知は適切におこなう
不採用理由について積極的に質問してくる応募者もいますが、人事担当者は具体的な選考基準を説明する必要はありません。詳細に説明すると、差別的判断を疑われるリスクもあります。
「より適任の候補者を採用することとなりました」という回答で十分です。
おわりに
就業服務法は、企業による人材確保を妨げるための法律ではありません。
重要なのは、企業が情報を収集する際に「適法性」と「個別具体的な必要性の検討」を行うことです。
総経理や人事担当者にとって、コンプライアンスに沿った採用プロセスは単なる法令違反の回避ではなく、公平で尊重し合える職場文化を築くための基盤でもあります。「就業上必要」という言葉は、企業に無制限の情報収集権限を与えるものではありません。
プライバシーを尊重する境界線を理解し、法令を遵守したうえで専門的な人材評価を行うことで、企業は真に適材適所の人材を見つけることができます。